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Page: 05 人類は衰退しました 1




 神が、忌いまれるというのもおかしな話ですが、似たようなことは人間もやってきているのですしね。

 いえ、まったく問題がないとは申しませんが……。

 でもこれで、宗教概がい念ねんの中核にわたしが据えられることは回かい避ひできるはずです。

「ぴ───っ!」「うぴ──っ!」「ふあ───っ!」「かみ──っ!」「ごっど──っ!」「いまはだれがかみーっ!?」「たーっち、た────っち!」「きゃい───っ」「あなー、あなどこー!?」

 すべての妖精さんがいなくなるまで、十分かかりませんでした。

 ここに、都市国家は瓦が解かいして果てたのです。

 同時にそれは、調ちよう停てい官かんとしての職務にもリセットがかかったことを意味します。

「……まあ……悪名を残すよりはましですよね……」

 改めて女神像を観察してやります。

「ほう、こうなったか」

「お、おじいさん?」

 突然背中を叩たたかれ、わたしは喉のど元もとからくぐもった声を発しました。

 祖父はにやにやした笑みを浮かべて、背後に立っていました。

「様子を見に来たのだが……どうやらもう彼らはひとりもいないらしいな」

「今さっきまでいたんですけどね……」

 隣となりに並んだ祖父の視線が、女神像を無ぶ遠えん慮りよに眺めます。

「十じつ戒かいのイメージに似てるな」

「聖書の?」

「うむ。石版を割るモーゼのシーンか。あるいは神から石版を授さずかったシーンかもしれないが」

「……つくづく宗教づいてたんですね」

「よほど好かれたようだな、おまえは」

 わたしは両手を広げ、皮肉げに告げます。

「皆いなくなってしまいましたけどね」

「いや、放っておいてもどのみちこうなっただろう」

「……え?」

「彼ら妖精には、集しゆう合ごう離り散さんの性質があってな。集まればこのように一夜で都市のひとつもこしらえるが、すぐに飽きて散り散りになってしまう」

「これだけのものを作っておいて?」

「彼らにしてみたら、小手先の工作のようなものだろうな。このくらいのものは」

 祖父はかんらかんらと笑います。

「これが今の人類のスタイルというわけだ」

「なんだか、楽しそうですね……」

「毒にも薬にもならんと思っていた孫が、それなりに面おも白しろくなって戻ってきたせいかもしれんな。数日でこれだけやらかすとは、見直した」

「…………」

 嬉うれしくない誉ほめ方ってあるんですね。

「第一、覚悟しとけと言ったろうに」

「言われましたけどね……」

「こういう相手とつきあっていくには、それ相応の緩ゆるさが必要だということだ」

 また背中を叩たたかれ、わたしはつんのめって女神像に縋すがりつきます。

 像はゆっくりと倒れ、いともたやすく砕け散ってしまいました。

 それを見て、また祖父は大笑い。

 この老人、超嬉しそうなんですけど。

 膝ひざから力が抜けていきそうでした。

 ああ、こんなことなら。

「……最後まで女神様として君臨しておけばよかった」

 これが、わたしの調ちよう停てい官かんとしてのはじめての仕事と、その?てん末まつでした。





 妖精さんメモ【集合離散(しゅうごうりさん)】





 妖精さんは普ふ段だんはばらばらに生活していますが、一度群れを作ると、

爆はつ的に増えていきますよ。

 でも、かい散するときは一いつ瞬しゆんです。

 これを集合離散の性質といいます。





妖精さんの、あけぼの





 人類がゆるやかな衰退を迎えて、はや数世紀。

 すでに地球は?妖精さん?のものだったりします。

 平均身長十センチ。

 三頭身。

 高い知能。

 無邪気な性格。

 失禁癖へきあり。

 極めて敏びん捷しよう。

 現在、人類と言えば妖精さんのことを指します。

 わたしたち旧人類はただの人です。

 妖精さんの人口は正確な調査によるものではありませんが、百?二百億くらいはゆうにいるのだそうです。

 まだ人類新学という妖精さんに関する学問が比較的盛んだった頃ころの予測値ですから、今はもっと増えているかもしれません。

 一方、わたしたち旧人類ですが、すでに億はいません。もう長くないですね。

 国家は崩ほう壊かいしていますし、文明レベルも下がりに下がってますしね。

 妖精さんの生態・出自・文化は謎なぞに包まれています。

 様々な伝承・民話・お伽とぎ噺ばなしなどに、その存在を垣かい間ま見みることはできます。まだわたしたち人が幅をきかせていた時代から。

 しかし妖精さんが何をきっかけとして地に満ちたのかは謎です。

 もちろん彼ら自身も知りません。

 記録にも残っていません。

 彼らはその気になれば高度に文字を扱えますが、書き残すという習慣がまったくありません。

 妖精さんは、のんべんだらりと地球中に生きています。

 そしてわたしはクスノキの里さと担当の国連調ちよう停てい官かん。

 調停官というのは国際公務員ですね。

 国連調停理事会に属し、妖精さんと人間との間に起こる様々なトラブルを調整するのがお仕事でした。

 はい、過去形です。

 今はもう調停の必要なトラブルなどは、ほとんど起こることはありません。

 わたしたち人からは、もう強い感情が失われているのです。

 人口が少なくなったこともあり、人々は豊かな大地を故郷とし、そこでひっそりと暮らしております。





 ガリガリガリガリ。

 ガリ版用の鉄筆が原紙を切る音が、延々と事務所に響ひびいていたのも数日のことでした。

 前回の騒さわぎの後、わたしが明け暮れたのは、報告書の原稿作りでした。

 報告といっても格式ばったものではなく、事務所に残されていた資料にならって書き上げたほとんど日記と大差ないようなもので、まるで仕事をした気分はなく。

 さしたる苦労もなく脱稿してしまったあとの、イラスト描きの方にかえって時間が取られたくらいです。

 送付用と保存用に印刷し、早くもやることがなくなっていました。

「おじいさん、仕事ください」

 珍めずらしく事務所のデスクでうつらうつらしている上司に詰め寄ります。

「うむ、ない」

「ないことはないでしょう」

「だが、ないのだ」

「閑かん職しよくだとは聞いておりましたけど」

「なら掃除でもしてくれるか」

「昨日しました」

 ちなみにおとといもしました。

「そのわりには、今朝がた私が来た時、ゴミが落ちていたがね」

「姑しゆうとめさんみたいなこと言わないでください。楽でクリエイティブな仕事ください」

「小こ癪しやくな若わか造ぞう発言を……」

 困ったように祖父は腕を組みます。

「フィールドワークで手を打つか」

「実質、自由行動じゃないですか、それ」

「我が事務所は自主性を重んじている」

「主体性なき指導ですね」

「そういうのは自給自足で頼たのみたいがね。さて、私は午ご睡すい業務にとりかかるか」

 猛烈に仕事じゃありません。

「あの、おじいさんは最初、どのように仕事してらしたんです?」

「私のいた頃ころは事情が多少違ったからな。まあやることはあったんだ。それでも妖精関連は今とそう変わりはなかったぞ。彼らと定期的に接触を取っていくのは難しいからな」

 前回の労苦と?てん末まつを思い返し、わたしはため息をつきます。

「……そうですね」

 祖父は何事かを思いついたようで手を打ちます。

「なら、ちょっと使いに行ってもらえるかね?」

「え、それは……仕事なので?」

「仕事だろう。知り合いというのが私の助手だ」

「ああ」

 思い出します。

 祖父にはすでに助手がいるのです。

 つまりわたしの先輩にあたる方なのですが。

「獣けもののようなむくつけき男性でしたっけ?」

「理想的な若者像だな」

「やあ、思いだしました。今日は野に出ます。妖精さんの文化研究をしなければならないのでした」

「逃げるな」

「知らない人は苦手です」

「気難しい……誰だれに似た?」

「行って参ります。本日は直帰するかもしれませんので、おいしいご飯をお願いしますよ」

「なんという孫。おまえだって菓子ばかり作ってないで、料理くらいできるようにならんと私が死んだ後どうするつもりだ?」

 お説教を無視してバッグを手にした時、事務所のゴミ箱に奇妙なものが捨てられているのを目にします。

「……これ、何でしょうか?」

 わたしは捨てた覚えのないものです。

 拾いあげて祖父に見せます。

「ああ、だから落ちてたゴミがそれだ。大きいだろう。実にゴミ。まったくもってゴミではないか?」

 孫の手落ちを皮肉で間接的に責める肉親は実在します。皆さんも気をつけて。

「紙の模型ですか、これ?」

「わからん。子供が作ったものが風かなにかでまぎれこんだのだろうが」

「くしゃくしゃです」

「丸めて捨てたからな」

「これ、一枚の紙を折ってできてるんですかね? だとしたらちょっとしたものですよ? ああ、折り紙かもですね。何枚か使って作る複雑な……おじいさん?」

 祖父は背もたれに寄りかかって寝息を立てていました。

「もう……」

 年寄りは一いつ瞬しゆんで寝ます。

 ゴミが気になるわたしは、ひとりでしばらくいじくりまわしていました。

 握りつぶされているので破損している部分もありますが、元の状態はかなり複雑な造形だったようです。

 これを紙で折るには、かなり器用さが求められるはず。

 すると一箇所、小さな穴があいているのを発見。

 紙風船の要領で、息をぷっと吹きこんでみました。一瞬で小さな紙細工は膨ふくれて、潰つぶされる前のかたちを取り戻し、無数の節せつ足そくをわしゃわしゃと蠢うごめかせて……、

「きゃわっ」

 驚おどろいて、ゴミを放り出してしまいます。

 偶然ゴミ箱に落ちていったソレは……虫の形をしていました。

 しかも、ものすごく本物っぽい。

 紙くずという認識でいたため、膨らませるまでまったく気付きませんでした。

 ……明らかに悪意を感じる流れです。

「……わ、わかって調べさせましたね、おじいさん?」

「ぐう」

 タヌキ寝入りでしょうか。

 わたしを驚かせるため、折り紙で精巧な虫を作って仕掛けていたに違いアリマセン。

 不覚にも本気の悲鳴を発してしまいました。

 単体だったりシンプルだったり甲こう羅らがあったりする虫は比較的我が慢まんできますが、ある種の芸術系幼虫(色とりどり突とつ起きにょきにょき)や集団生活系幼虫はもう本当に人をおかしくします。今の折り紙は、まさに芸術家肌。不意打ちはどうか勘かん弁べんしていただきたい。特に空気を入れるため口をつけさせるところが陰湿であり、見事な計算でした。

 祖父も寝たフリをしつつ、内心ほくそ笑んでいることでしょうとも。

 ゴミ箱をのぞき、そのえげつないデザインを確かめます。

「リアルすぎる……」

 よくよく見ると、節足動物の特徴でした。

 ムカデやヤスデほどスマートではありません。

 言うなれば草ぞう履りみたいな形。

 こんな生物をどこかで見た記き憶おくがあります。

「ダンゴムシ……?」

 ちょっと違うような。

 けれど平べったくしたら、ちょうどこの形です。

 無数の足まで完全再現。

 実に、実に手て間ま暇ひまのかかったいたずら。

「ぐう」

 憮ぶ然ぜんとした視線を叩たたきつけますが、起きる気配はないようです。

「……行って参ります」





 数日ぶりのゴミ山。慣れた道のりとはいえ、さすがに勾こう配ばいをしばらく歩かされるため軽く汗ばみます。

 大味なようでいて細かく作りこまれた妖精都市はそのまま残っていますが、数日前ここで饗きよう宴えんが繰り広げられたのが?うそのような、閑かん散さんとした雰ふん囲い気きが漂っています。人の気配もなく、ここがすでに集つどって楽しい場所ではないことは、わたしにもありありと感じられます。

 妖精さんは陽よう気きの概がい念ねんにとても敏感な種族なのだと思います。

 楽しさというものは、同じ状況を作ったからといって完全に再現されるものではないのです。目には見えないうねりが最高潮に達した時、はじめて立ち現れる刹せつ那なの楽しさ。彼ら妖精種が好むのはそうした貴重な一滴なのでしょう。

 そもそも彼らは定住をしません。

 遊ぶために大勢が集うことはあっても、大規模な社会を形成することはありません。これは生きるための食料を生産する必要がないためと言われていますが、真実のほどは定かではありません。普ふ段だんはそれぞれが思い思いの場所でふらついているようなのです。人はときおり、単独もしくは少数で行動している妖精さんと出くわすことがあります。わたしも帰き省せいの途中、一度は偶然に目にしました。彼らはそうやって、楽しいことを探しているのかもしれません。

 ゴミ山メトロポリスというイベントは、大いに盛り上がりました。

 妖精さんに集落化を導くことでわたしの仕事もしやすくなる……そう考えたゆえの行動でしたが、あの結果を見るに、実に認識が甘かったと結論する他ほかありません。わたしがしたことは、単にひとときの娯楽イベントを立ち上げただけ。貴重なスケッチをいくつか残せはしましたが、それだけです。恒常的な調停活動に向けて、強固な関係構築には至りませんでした。

 まだ都市の名残なごりをとどめるゴミ山周辺をぐるりと回って、向こう側に抜けてみます。ひとりくらい残って遊んでいないかと視線を巡めぐらせますが、誰だれもいません。

「ふう」

 まだまだ荒い呼吸を整えるため、横倒しになったミニチュア・ビルに腰掛けます。バッグのポケットから、手製のミルクキャンディをひとつ取り出し、口に含みました。祖父も言っていたように、お菓子を作るのが料理より得意だったりします。学がく舎しやにも調理実習のカリキュラムはありませんでしたし。わたしはいつも、配給される水あめやチョコレートを材料にしてお菓子作りに励んでいたのです。

 そうですね……ザリガニを煮こむくらいの料理はできるんですが(ギャグです)。

 今日のおやつは、クリームと水あめで手軽に作ったミルクキャンディ。清潔で柄の違う紙片でひとつぶずつていねいに包んであります。

 ぼんやりと陽光に当たりながらキャンディを舐なめていると、いろいろなことを自在に忘れていくことができます。一次関数とか。

「……もうひとつぶ」

 太らない体質なので、糖分を取ることに対する抑止力は存在しません。

 口中に広がる淡い甘み。クリームと水あめだけで煮つめた素そ朴ぼくなキャンディを、シュガーパウダーで包むことで、甘みの濃淡がついたやめられない止まらない一品に仕上がります。

「もういっこだけ……」

 至福の時が続きます。

 視線を感じたのは五つ目を舌で転がしている時でした。

 横っ面つらからちくりと刺さるかすかなそれは、見ている人間のサイズ自体が小さいことを意味しています。

「と言いますか……ちくわさん、なのでは?」

 草むらからひょっこり突き出ているうかつな小顔に、そう声を飛ばします。

 ビクッと痙けい攣れんするちくわ氏。

「あ、あ、あ……」

「どうしました? そんなところで?」

 なんだか怯おびえられているような……。

 顔見知りなのになぜ?

「もしもーし?」

「ぴー!」

 逃げ出す素そ振ぶり。咄とつ嗟さに手を叩たたき、大きな破裂音を発します。

 草むらに近寄って?かきわけますと、哀れ転がっていたのはカラフル球体。音に驚おどろき、丸まってしまったちくわ氏でした。

 手にとって見ると、

「あ、濡ぬれてる……」

 失禁してしまったご様子。

 ほっといても数分ほどで活動を再開するのですけど、片手で球体を固定し、もう片方の五本の指先を表面にくっつけて素早くツボをおさえた動きで、

「こしょこしょこしょこしょ」

「……っ…………ッ…………あーっ!」

 たまらず球体はぱっくりと割れ、内側に畳たたまれていた四し肢しと頭が飛び出してきました。じたばたと暴れますが、固定されているため逃げることはできません。

「ごぶさたしております、ちくわさん。こしょこしょこしょこしょ」

 なにげに続行。

「はわわーんっ」哀れなほどに身をくねらせますが、くすぐりからは逃れることはできません。「お、おじひーっ、じひーっ!」

 ほどよいところで解放してあげます。

「わたしのこと、覚えてます?」

「え?」ちくわ氏は至し近きん距きよ離りからわたしの顔を見つめます。

「ほら、つい数日前に」

「あー」思い出してくれたのでしょうか。「たべないでー」

「食べませんよ……」

 こんなやりとりを以前もしたことがあるような。

「ぼく、たべたらだめですよ? おなかこわしますよ?」

 命いのち乞ごいする態度は、あからさまに見知らぬ者に対するそれでした。

 ははあ。これは、もしかすると──

「ぼくら、きいろいちごうとかてんかされてますゆえー」

 黄色一号って。

「でも……どうしても……たべるとおっさるのであれば……あれば……」

「ちくわさん。まさかあなた、わたしのこと忘却していませんか?」

 ぽかんとされてしまいます。

「……はい?」

「名前をつけてあげた時のことを思い出してください」

「なまえ?」

「そうです。あなたはいつちくわさんになりましたか?」

「さて?」

「ついこの間のことでしょう?」

「……………………」

 考えこむこと十五秒。

「ああー」

 怯おびえが混じりこんでいた表情が、ふと和やわらぎます。

「思い出してくれたみたいですね」

「あー! これはこれは、おひがらもよく、いいてんきです?」

「そうですね。青天で好天ですよ」

「そうでしたかー」

「改めて、こんにちはですね」

「ごぶのさたです」

 片手でつり下げられたまま、ぺこりと首を垂れます。

「でも忘れちゃうのはひどいですね。そんなに日数は経過していないのに」

「はー、めんもくないー」

 ぼんやりと首をかしげられました。

「減点一です」

「やーん」

「あなたがたにとって、一日というのはとても長い時間なのかもですね」

「いちじつせんしゅうのおもいですよ?」

「あら、なるほど」

 クスリと笑みを漏もらしてしまいました。

「ところでさっきから気になっていたのですけど」

「するとよいです」

「心なしか、日焼けしていませんか?」

「あー、そのあんけんですかー」

 ちくわ氏は全体的に浅黒くなっていました。

「どうしてパンツしか穿はいていないんですか? 裸だから日焼けしちゃったんでしょう?」

 しかも毛皮めいた腰巻きは、そこはかとなくジャングルの王者風かぜを吹かしているではないですか。

「ぱん・つー・まる・みえー」

「何言ってるんですか」

 妖精さんはしたり顔で言いました。

「はだかいっかん、いきてます」

「まあそれはいいことなんですけれども」

「にんげんさんもはだくとよいです」

「食べますよ」

「ぴ────っ!?」

「冗談です」

「にんげんさんのじょうだんが、はーとにびんびんきくです」

 被ひ虐ぎやく体質なのかしら?

「乙おと女めは開(はだ)けません」

「そおですかい」

「よくよく見ると、その腰巻きはちくわ柄ですね」

「それほどでもー」

 照れてます。

「ちくわ大好物なんですよわたし」

「わっぱ───っ!?」

「冗談ですってば……まあ、お似合いではありますけどね」地面におろしてやります。「はいどうぞ。お目当てのもの」

 ミルクキャンディをひとつ、ちくわ氏の鼻先にちらつかせました。

「あー、あー!」

 取り乱し、ピョンピョンと跳ねてキャンディに両手でしがみつくちくわ氏。釣り成功。五十センチばかし持ち上げてみても、空中でぶらぶら揺れるに任せっぱなし。

「やーん、くださいー」

 指を離はなすと、バランスを崩して背中からぽてんと落ちます。胸元にいとおしげに抱だいたキャンディは離しませんでした。

「それ、わたしの手作りなんですよ。どうぞ召し上がれ」

「たべるのもったいつけます」

「ならもうひとつあげましょうか?」

「なんたる!」

 ビックリした顔で、わたしを見上げます。

 その腕の中に、ふたつめのキャンディを押しこみます。ちくわ氏は「この展開はありえない」とばかりにプルプルと身み震ぶるいしていました。

 正座し、ふたつのミルクキャンディを両りよう脇わきに抱えたまま、

「いっそけっこん、しますか?」

「しません」

「そおかー」

 落胆した様子もなく。

「ところでお仲間はどうされました?」

「あっちでげんきにげんしです?」

 わけがわかりません。

「……げんしって?」

「さー?」

 原子?

「じゃあ質問を変えて、どこに集落を作ったんです? お姉さんに教えてくれませんか?」

「は、がんばるます」

 ちくわ氏は歩き出しました。ぴたり止まって、わたしに目線を投げてきます。ついてこい、ということでしょう。

 歩きながらちくわ氏が言いました。

「……うしろからたべるつもりです?」

「どうしようかなあ」

「ああ?」

 ちくわ氏は背せ筋すじの震ふるえに操られるように、くねくね身もだえしました。構いやしません。どうせ本人も期待しているのです。

「……こ、こぼねもおおめですが?」

「カルシウムが豊富そうでいいじゃないですか」

「きゃ────!」





「ここが……そうなんですか?」

「そうなるです」

 案内された場所。

 そこは広大なサバンナでした。

 といってもアフリカ大陸ではありません。

 わたしの知っていた廃はい墟きよの一角が、サバンナにされていたのです。

 途方もない規模で行使された、何らかの手段で!

 遠くに目をやれば、古い建物とそこに絡からむ木々の輪りん郭かくが凹凸の地平をなしているのが見えます。そちらならば、わたしのよく知る世界だったのです。

 何らかの方法で一帯にあった廃墟と森を伐ばつ採さいし尽くし、その開拓地に低木や草を植えつけ、大草原へと変えたのです。たぶん、驚おどろくほどの短期間で。

「……前回も驚きましたけど、今回もまた盛大にやりましたねー」

「ひろいのがぐっどです」

「そうなんでしょうが」

 野生の王国を再現、と目星をつけました。

 この環境で集落というと、だいたいのイメージがつきます。

 さらにしばし歩くこと数分。

 はたしてそこにあったのは、想像通りの原始的な村でした。

「もどたー」

 ちくわ氏が声をかけると、そこらに無秩序に建っている草ぶきの小屋群から、妖精さんたちが雨う後ごの筍たけのこのごとく姿を現しました。

 彼らはすぐにわたしを見つけ、ただでさえ丸い瞳ひとみを銀ぎん杏なんの形に見開きます。

「にんげんさんだー」「うおー」「まじなのです」「ちかよってもへーき?」「おこられない?」「これからどーなってしまうのかー?」「あやー」「おおきいですー」「ごぼてんすきです?」「ひえー、ひえー」「のっけてくださいー」

 全員、腰巻き姿。

「みなのものー、きちょーなおかし、げっとしたです」

 飴あめ玉だまふたつを高々と掲げるちくわ氏です。

 群衆から喝かつ采さいがあがります。

「みるくきゃんでーだー」「あめちゃんー」「おおー」「いいにおいだねー」「つつみがみほしいー」「これ、てづくり?」「どこにみのってたです?」

 ちくわ氏は答えます。

「にんげんさんにもらたー」

「にんげんさんがー?」「おおきいだけじゃないのです」「あめくれるです?」「そんな」「まさか」「できすぎたはなし、かと」

「まだたくさんありますけど、いります?」

 そう提案すると、どっと村が沸き立ちました。

「くださいー!」「あー!」「うわーん、ほしいー!」「あなうー!」「そのときれきしはうごいたです?」「きょうはまつるです」「ぎゃわー」

 暴動になりそうな勢いでした。

 急いでバッグをあさって、ミルクキャンディをすべて差し出します。

 草原に山をなす飴玉。

 それを囲むたくさんの妖精さんたち。

「さすがにひとりいっこはないので、砕いたりしてみんなでわけてくださいね」

「だってー」「どーやってくだく?」

「このあいてむつかうしか」

 ちくわ氏が持ってきたもの、それは石器です。

 石を打ち欠き鋭利にして作る初歩的な利り器き。

 超科学を持つ妖精さんにしては、ずいぶんと原始的な代しろ物ものです。

 しかも非力な妖精さんのことです。石器に用いた石は、

「軽石でしょう、それ?」

「さようです」

 やっぱり。

「でもおもいので、のちにあつがみでつくりなおします」

 厚紙って……。

「使い物にならないんじゃ?」

「そこは、きあいで?」

 なるほど。

「では、わるですー」

 飴あめ玉だまを並べて石器を正せい眼がんに構えると、村はシンとした緊きん張ちように包まれました。

「たあ」

 石器は地面に当たります。

「たあ、たあ、たあ」

 地面、地面、地面でした。

 やり遂げた者の顔がわたしを見上げました。

「さすがにちきゅうはわれぬですなー」

「目的違ってるじゃないですか」

「なんと」

「道具使うの下へ手たなんですね」

「……こういうのは、むずです」

 運動神経はいいのに。超種族の意外な欠点。

「やってあげましょう」

 わたしの手には小さすぎる石器は用いず、直径十センチほどの石を拾いました。

 それで飴玉を叩たたきます。

 角度が悪かったのか、飴玉はものすごい勢いで弾はじかれ、固かた唾ずを呑のんで見守っていた妖精さんたちの間で激烈にピンボールしました。

 それはおそらくゲーム上でなら高得点を叩きだしたのですぅぅぅっ(一いつ瞬しゆんパニック)。

 重軽傷者多数を出す大惨事でした(すぐ冷静に)。





『ぴ──────────────────────っ!?』





 たちまち村は恐怖と混乱に支配されます。

「はじまったー!」「じぇのさいっ! じぇのさいっ!」「たまつきじこだーっ!」「ひええっ!」「ぼくらのらいせにごきたいくださいーっ」「たまりませぬよー」「にょ───っ!?」

「いえ……すいません……わざとではなく……あの……ごめんなさい、本当に……悪わる気ぎはないのです悪気は……あの……泣かないで……」

 慰い謝しやには三十分を要しました。

 もちろん全員失禁してますからね、きっちり……。

 なんとかなだめて飴割りに戻れた時には、村の人口は半分になっていました。

 どこかに逃げていってしまったのです。

「かそりましたです」

「……ごめんなさい……」

 過か疎そ化かを加速してしまいました。

 今度はそっと、石の重量を利用して押しつけるくらいの力で飴あめを叩たたきます。

 それぞれの住居に隠れてしまった妖精さんたちから、微妙な恐怖の波動を向けられながら、粛しゆく々しゆくと作業は進みました。

「……こんなところでしょうか」

 等分かどうかはともかく、飴玉はすべて細かい破片にできました。

 妖精さんたちが目を輝かがやかせて寄ってきます。

「わー」「あめだー」「あまーう」「いっぱい、あるです」「みるきー」「しあわせですなー」「まいうー」「まったりとしてそれでいてまろやか」「こんねんどさいだいのわだいさく」「みたされちゅうです」「すごいおいしー」「いきててよかったなー」「けっこうな、あじでは?」

 わいのわいのと、飴パーティーは盛り上がりました。

 一いつ緒しよにベタ座りして参加しちゃいます。

「ところでちくわさん」

「はいー?」

「この前はすごい未来都市だったのに、どうして原始時代?」





「あえて、たいかです?」

 メリットが感じられないんですが。

「あ……にんげんさんに、ごそうだんです」とびっしり手を挙げます。

「どんと来てください」

「そういえば、なんか、じゅんばんにしんかしてみようとしたです」

「え? 順番に進化?」

「なんか、そゆことしたくなったですよ?」

 んーと唇くちびるを指先でなぞりながら考えるわたし。

 そういう主旨の発言を、前の時にしたような、しなかったような。

 わたしのことを神扱いしようとした彼らの記き憶おくに、言葉だけがインプリントされて──って、いやいやいや、困りますよそういうのは?

「……内政干渉になってしまう、のでは?」

「はい?」

「いいえ、独ひとり言ごとです。ええと、順番に進化して、それで?」


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